おいらの おいらによる おいらのための
スペインひきこもり日記!!
改め 日本出稼ぎ日記

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por que no te callas
2007年11月26日 (月)
por qué no te callas:いいから、だまっとけ!

てな感じ?

なんかやたらと話題になってるから、日記には関係ないけど載せてみることにした。なんでも、この文言そのまんまのドメインが一万ユーロで落札されたとか。いまのレートだと160万円以上!!宝くじ的な要素が強いとはいえうらやましい。

直訳すれば「なんで黙れない?」となるが、いうたら「黙ってろ」ってこと。かなり騒いでいたらしいから、ストレートに「callate!」と行ったと思っていたが、さすがにそこまではいってなかったか。

日本でも一時期ムネオネタでFlash動画が流行ったが、今回の騒動もyoutubeで似たような感じになっている。cancion(歌)とかKaraoke(Karaoke)とかまである。イマイチ面白くないけど。

cancion版

ちゃんとしたやつ

最初に話してるのがスペインの現首相のZapatero(サパテロ)。で、肌が褐色なのがベネズエラの。で、件のセリフをいったマフィアのドンみたいなのがスペインの現国王フアン・カルロスI世。スペインの1Euroと2Eurosにもなってるので、おなじみだ。おいらは偶然だが、この前の旅の時、RiojaのLogroñoで彼と彼の奥さんを見ている。すげ〜貫禄があった。

どうでもいいが、Zapateroは靴屋さんの意味。日本でもたま〜にある職業名からきた名字。日本だと大蔵とか、〜屋(谷)(←まぁ、これは微妙だが、ジャンル的にはそうかと思う)とか、米倉とか・・・。

おいらがいたとき、ちょうどAznarからZapateroに首相が替わったのだが、冗談抜きで、Manoloから「AznarからZapateroに変わった」といわれたとき「Zapatero?Zapatos?靴屋?」と返してくらいだ。

ネタにできるほど簡単な騒動ではないが・・・不謹慎とはわかりつつも・・・スペインが話題となったという点は個人的に嬉しかったりする。


日記。

もがき苦しんでいるため、日記が滞る。ここ数年、人がもがいているのをみて「なんかもがいてて楽しそうだな〜」とほほえましくみていたが、自分が実際にもがきはじめると、もうどうにもうにも・・・。この手のもんって、経験してれば、水面下でバタ足する白鳥よろしく、優雅にもがけると思っていたが、いやはや。もう、水面下どころか、水面がさざ波まくり。

ここらで分解・再構築の一手を打ちたいところなのだが、まったくもってその一手が思いつかん。

壁には貼ってないけど、夏休み中の小学生の時間割(円グラフみたいなの)が見えるの。幻覚で。いや、幻覚じゃないな・・・見えないだけで確実にある。

朝○時起床。×時から□時まで宿題。△時から?時までご飯。#時から%時まで自由時間。&時から!時までまた宿題。=時から@時までまたご飯・・・

みたいなやつ。

それが一日だけじゃないの。気づくと一週間分あったりするの。いや、よくみたら一ヶ月分とか三ヶ月分とかあるの。見えちゃうの。

ファルクの地球儀とか買って、おまけと回してみたけどやっぱり見えちゃうんだよね。

なんて表現していいかわからんけど、たまにぼそっと言ってみたりする。

「あ〜冬の時代だ〜」

と。

おいらのことだから、1ヶ月くらいで終わる気もするけど、来年まで持ち越す羽目になる可能性もあるのか?

まぁ、人間、進もうと思ってもがいても進まないことあるよね。わかっちゃ〜いるけど・・・。

あ〜冬の時代だ〜

ファンタスティック!チェコアニメ映画祭
2007年11月22日 (木)
República Checa:チェコ共和国(レプブリカ・チェカ)
Praga:プラハ(プラガ)

逃げちゃった・・・。

ファンタスティック!チェコアニメ映画祭 公式サイト

これにいってきた。

チェコ・・・この前いって、なんかちょっと身近になった国。将軍ロベルトのせいというか、おかげで・・・なんか、思い出深い国にもなっている。他にも、なんかいい人と知り合った。チリ人とか。

参考
2007年5月28日 「等価交換の法則」

2007年5月29日 「将軍ロベルト」

2007年5月31日 「Mi Cumplean~os 2007」

チケットは渋谷のTSUTAYAで購入。一本ずつみると、各1500円だか1700円だかかかるが、4000円の4回券が複数人で使えるということがわかったので、それを購入。一緒に見に行くマリカルメンとわければ2本ずつで、1本1000円。悪くない。

吉祥寺でもやっているが、当然、昔(高校とか大学の時)良くいったユーロースペースへ。プログラムはA〜Dまであるが、時期と曜日によってわかれていて、今日はBのアニマルプログラム。ガーリープログラムとそれをみたかったのでちょうど良い。

チェコで見つめられて金縛りにあったクルテクとかいるかな〜と思ったが、さすがにいなかった。

余談だが、このクルテク・・・BOOK1stあたりいくと絵本が置いてある。ただ、なぜか「クルテク」と彼の名前ではなく、「もぐら君」ってタイトルだった・・・なんで「クルテク」にしないんだろ?

ってことで、感想

Fantastic!Czech Animation(ファンタスティック!チェコアニメ映画祭)

Fantastic!Czech Animation

【点数】3.4点(5点満点)

【制作年】1957年〜1991年 【制作国】チェコ 【監督】アドルフ・ボルン、イジーシャラモウン、ブジェチスラフ・ボヤル 他 【公式サイト】公式サイト

【感想】

今回みたのはアニマルプログラムだけなので、その感想のみ。

全部で78分あり、監督もごちゃまぜで、短編、中編、長編すべてひっくるめて全9作品であった。一個ずつ簡単に感想かいとく。

「ネコの学校」ブジェチスラフ・ボヤル/61年/16分
ネコがかわいすぎる。日本でみるどのタイプのアニメネコとも違うのだが・・・彼らが踊るシーンは、オヤジとも思えぬ、微笑みで見てしまった。ストーリーも◎。9作品の中で一番好きだった。アニメ、アニメしている。

「失敗作のニワトリ」イジー・ブルデチカ/63年/10分
なんか社会主義時代のチェコっぽいな〜って話。風刺してるのだろう。主人公の男の子が康雄に見えてしかたなかった。ってことは、あの「い〜こい〜こ」する女の子はりのか?う〜ん。微妙に教訓めいていたが、あっけなく終わってしまった。

「かしこいウサギの話」イジー・ティレル/80分/5分
これもニワトリ同様、なんとな〜く社会主義時代のものっぽい匂いがする。同じく、教訓少々。

「イラーネク超短編集」ヴァーツラフ・ベドジフ/75年/5分
アニメというよりは線画。結構シュール。風刺的でもあり、一発ギャグ的でもあり。嫌いじゃ〜ない。新聞の4コマにありそうなタイプ

「鳥になった生活」H・マツォワレ、H・ドラブラヴァ/73年/8分
お父さんと子供が反省して終わると思ったのだが・・・ちょっとマチスタな話。せっかくお母さん、鳥になって解放されたのに・・・。って、おいらは人のこといえないんだけど・・・。イマイチ面白くなかった。結末が。

「グレイキャットの物語」ヤロスラフ・ボチェク/77年/9分
アル中のネコの話。最初意味がわからなかったが、なるほど納得。彼は「アルコール依存症」を治すことができるのだ。ワインの酒樽についてる蛇口からワインを呑む、そのネコの姿をみて「あ〜なんかおいらと似てる・・・」と共感。アニメのキャラとしても渋くて好き。自分っぽいからいってるわけではない。マリカルメンも「おいらっぽい」といっていた。

「ラブラブラブ?」イズー・ブルデチカ/78年/10分
なんかとてもほんわかする話と思っていたのだが・・・結末は寂しい。ありといえばありだけど、やっぱりなんだかね〜。優しいクモだったのに。クモが糸でパンストを作るという発想はおいらにはない。解説に書いてあるとおり「愛」っちゃ〜「愛」なんだけど・・・なんだろね、コレ。でも、9作品の中では好きな方

「劣等感」H・マツォワレ、H・ドラブラヴァ/81年/12分
ケンケンみたいな犬が主役。とても賢く、飼い主を陥れるのだが・・・犬は悪くないが・・・あまり好きになれなかった。今みたら一番嫌だった「鳥になった生活」と同じ監督だ。彼らの作品はあまり合わないのかも。

「ブラックアンドホワイト」ヴァーツラフ・ベドジフ/83年/3分
「ネコの学校」と悩む感じで好き。最後にもってきたところが憎い!意図していたかしらないが、フェードアウトする感じがよかった。見終わった後、このアニメの音楽が頭から離れず大変であった。羊もかわいいし、踊りもかわいい。これはもう一回みたい。短いので「あ〜もっと食べたかった!」と思わさせれる。

いってしまえば、断片的に作品が続くため、途中、珍しく一瞬落ちかけたが、総合していえば◎。とても楽しめた78分であった。

次回はガーリープログラムを見る。プログラムをみた感じ、純粋にアニメアニメしてるっぽいから期待できる。

それにしてもネコかわいかったな〜。あんなネコ欲しいわ・・・。あと、最後のスタッフロールにでてきた体がくっついてる3人坊主。3つ子というべきか・・・。あれもとてもかわいいキャラクターだ。頭焼きそば。


ちょっと日記。

今週まるまるいっぱいかけてもまったくうまいこと動作してくれたなかったプログラム。カスタマイズして逃げようにも、その元となるものがない。自分でいくつかの基本プログラムを組み合わせて作らないといけない。

最初は「よっしゃ〜!やったるか〜!」と気合い十分であったが、やってもやってもうまく動いてくれず、「もうおいらには不可能!無理!」と諦めかけていたのだが、ひょんなことから完成。代入する前に、一度かませばいいという、おそらく基本中の基本に気づくのに、えらい時間がかかった。

なんていうんですか〜充実感♪

ファルク地球儀
2007年11月21日 (水)
globo terráqueo:地球儀


ファルク地球儀
大航海時代においては新興国のプロテスタント国家オランダが、アムステルダムで1700年ごろに製作したという地球儀。ファルクは制作者の名前。
現在は、直径約31cmの本物は長崎県の重要文化財になっていて、平戸市の(財)松浦史料博物館に所蔵されている。
参考:おまけについてたペラ紙の資料を要約。

(財)松浦史料博物館公式HP
(博物館なのに・・・このHPは・・・うぐむ。ファルク地球儀の現物も写真がぁぁぁ)


日記。

ずっとずっとずっと・・・中世色漂う地球儀のレプリカが欲しかった・・・

が、それが見つかった!(といっても、これは1700年くらいのもんだけど)

viva!続・ひきこもり!

これまでもジグソーパズルはよくみつけて、そのたびに買ってきたが、地球儀になるとなかなかどうして見つからない。もちろん、精巧であれば精巧であるほどうれしいのだが、地球儀は精巧、または古ければそれだけ高い。そんなもん、当然おいらには買えない。ぶっちゃけ、それは値段の問題もあって「見つからなかった」のだ。

あくまで、平面の地図にはない、地球儀的な雰囲気が楽しめればいいので、それほど精巧でなくてもよい。いうたら、観光地のおみやげ物やで売ってるようなもんでいいのだ。だが、旅先でそれらしい店にいってもなかなか出会えたなかったのだ。

たま〜に見つかっても、アンティークショップでだったりして、値がびっくりするほど高くとても気軽に買える品物ではなかった。まぁ、高いといっても、数万程度ではあるから、買えてしまう人には、なんてことないのかもしれないが・・・。

ずっと、探してきたといったが、本当に探してきた。アホみたいに探してきた。

まず、一番期待したのがウィーンでのこと。

ウィーンには「地球儀博物館」(もうすんごい数の地球儀!天体タイプから、普通の地球儀まで。時代も様々!)なるものがあって、「ここなら絶対レプリカあるに違いない!!」と博物館自体や(博物館はあまり大きくない)その近辺のお店(土産物屋も含め)をくまなくみていあるいたが、渋い地図はあったものの地球儀はなし。

「じゃ〜蚤の市だ!」と、Williに連れて行ってもらって探したが、アンティークすぎて駄目(高い)か、ぼろぼろ過ぎて駄目(昔だから地図がかすれてるのか、ぼろぼろで地図が見えないのかがわからないくらいのもの)かのどちらか。

今年の3月にウィーンにいったときも同じように捜し歩いたが、今度はそもそも「地球儀博物館」自体がみつからなかった。もともとガイドにあったわけではなく、偶然見つけたものだったので、もしかしてつぶれてしまったんだろうか?すげ〜楽しい博物館だったのに・・・。場所は、たぶんなのだが、ミヒャエル広場で入り口を背にして右に少しいったところにあるスペイン乗馬学校の側だったと思うのだが・・・ヨーゼフII世の像のところだったと思うのだが・・・いや、絶対!あれ、特別展だったのかな?

次はバルセロナ。

バルセロナに関しては、いく旅に探していたと言っても良い。隙あらば、暇あらば探すといった感じ。3年の間に10回くらいバルセロナにはいったのだが・・・見つからず。ここバルセロナにも「海洋博物館」なる心ときめく博物館があるのだが、そのおみやげ物屋も毎回のぞいてはみるものの、まだ見たことはない。例のまだ作れてないジグソーパズルは見つけたが・・・。12世紀くらいの地図。シバの女王がいるやつ。13世紀だったか?

お次は、このまえ初めて足を踏み入れたチェコのプラハ!

ここでも「ユダヤ人街ならもしかして面白いのあったりするんじゃね〜の!」と古本屋やら、古い物屋さんやらとか手当たり次第入ってみたが、渋い古本(しかも、それもえらい高い)ばかりで地球儀はなし。関係ないとはおもいつつも、ゼペットじいさんがでてきそうな、アンティークっぽい渋い時計屋にも入ってみたが、そこにもなかった。

まだある。

ポルトガル。

ポルトガルのリスボンにも海洋博物館がある。当然だ。エンリケ航海王子がおるからな。その発見のモニュメントと呼ばれる、なかなか壮大なモニュメント(そのモニュメントの上から下を眺めると羅針盤みたいのが見えて、それがまたいい!)があり、その側に、「国立考古学博物館」と「海洋博物館」がある。船乗りを目指したい人にはむっちゃくちゃオススメの博物館だ。そうじゃなくても、展示品が楽しいから普通に面白い。

で、ここでも「今度こそ!」と祈ったのだが・・・みやげ物屋にも見あたらなかった。この辺りから、この手のレプリカとか作るのって「日本人だけなんじゃねぇ〜の〜」って思うようになる。プラモデルで「○○城」とか「戦艦○○」とかあるけど、日本の職人じゃないと「むき〜〜」ってなって作らないのかもしれない。

エンリケ航海王子への祈りも通じず、うなだれる。

もうほとんど諦めていたのだ。

でもめっかった。

正直、値段に見合って、見た目や造りはそれなりのちゃっちさなのだが、この値段で見つかったことだけでも感涙ものだ。おいらが買ったのは6000円程度のものだが、その上の21cmになると、急に跳ね上がり4万円近い。おそらくこのあたりにくると結構しっかりしたつくりになるのかもしれない。さらにその上があって21cmに天球儀もつくと6万近くになる。すげ〜欲しかったが、今は無理。宝くじでも当てないと。

「考えない買い物はない!」と豪語するおいらが、迷うことなくすぐに購入した。

で、それが今日届いた。

いや〜〜やっぱ地図ってすごいよ。映画とかでよくやってるが、人工衛星から、ひと一人の顔を判別できるとかできないとか、それはそれですごいけど、侘び寂びはない。Googleマップも大好きでしょっちゅう遊んでいるが、やはり昔の地図には負ける。

ファルク地球儀
家宝です。



ちなみに、ヨーロッパがいいというわけではない。日本の江戸時代の地図とかも大好きである。たまに本屋で売ってる江戸の市内地図とかも大好きだ。

以前、上野の国宝展かなんかにいたっときに、伊能忠敬のおまけ展がやっており、彼が作成した地図を大量に展示していたが、それも作ることに人生をかけた男・・・かっこいいわ。マジで。

あのみたことないから適当につくっちゃってるところとか、見ているだけでゾクゾクする。

今回のファルク地球儀もアメリカ大陸も東海岸はあるけど、西海岸ないし、オーストラリアやニュージーランドも危険だ。っていうか、半分以上ないし、東南アジアに近すぎ。日本も、出島、キリスト教、でもって、サビエル君の関係(オランダだからそれはないのか?)から、九州とギリギリ四国は地図上にしっかりあるが、本州になると形はだいぶあってるが、「未開」の意味なのか茶色い。で、北海道になると樺太あたりとつながっちゃってる。陸続きだ。夢の日本陸続き。樺太とかいたが、樺太自体もない。だって、間宮海峡がないもん。朝鮮半島も細くなっていて、黄海は東京湾みたいになってて、日本海が・・・なんか、微妙に巨大な湖みたいになってしまってる。東南アジアも測量技術の問題か、現在のものと比べると異常に密集しているように見える。ただ、寄港地としては重要だったわけだし、かなり細かいし、正確。

これみてると、日本が「極東」っていわれるのがよくわかる。

日本拡大図
日本?


この熱い雄たけびは、書いても書いても尽きそうにないのでもうやめとくが、このファルク地球儀・・・前に「ひきこもり流子育て」についてかき、母乳にワインラベルの話を妄想したり、スペイン好きにさせる子育て方法をあれこれ考えたが、小さいころから、こんな感じの地球儀やら、地図を「玩具」として渡しておいたら、どうなんだろう・・・。勝手に地図覚えたりするかな?日本の形は違うけど、ヨーロッパの地図は正確だし、スペインとかに興味もったりするんだろうか?

地球儀って形状も玩具っぽいし、子供ならくるくる回してるだけで楽しめそうだし、試してみる価値ありとみた。

追記
ママンとマリカルメンにかなりの興奮状態でこの地球儀をみせ、いかに地図というものがすごいかと懇々と説明したが・・・・おいらの興奮をみて「馬鹿じゃないの?」とはいわなかったが、「理解不能」とはいわれた。まぁ、いいさ。漢の浪漫なのさ。


おまけなおまけ
おまけなおまけ。無理矢理、地球儀が入っていた段ボールに・・・
怒られたわけではなく、あくびの瞬間

冬至?
2007年11月20日 (火)
voluntariamente:(副)自由意志で、自発的に、自分から進んで

知ってる単語だけど・・・改めて引くと「へぇ〜」な単語。Mi Kyungがボランティアで障害者の世話をやっていたから、voluntarioって単語はよく使ったし、よく聞いた。

書くこと特になし。


火曜日なので調練。

筋肉フェチ子が作ってくれたメニューが徐々に楽になってきたので、自主的に回数と負荷を増やしてみた。

一つおもり増やすと4.5kgプラスになる・・・けっこうえぐか〜。

時期尚早か?


追記
たぶん、このあたりから冬至。わさわさする。なんだか、うじゃらぱじゃらな感じ。考えもま〜〜ったくまとまらない。

ManoloとSantiとの出会い
2007年11月19日 (月)
Alejandoría:アレクサンドリア(アレハンドリア)
Lebano:レバノン(レバノ)
El Cairo:カイロ(エル・カイロ)
Atenas:アテナ(アテナス)
Egipt:エジプト(エヒプト)
Grecia:ギリシャ(グレシア)
Torquía:トルコ(トルキア)
Chipre:キプロス(チプレ)
※( )内はスペイン語での発音

国名は重要なり。スペインひきこもってると、いろんな人とであうが、まず最初は自己紹介だ。そのとき相手の出身国がわからないと、その後の話も続かない。

国名は日本での名称を知っていれば想像できるので、まぁ実際はそれほど困るわけではないが、やはり英語名でいうよりもスペイン語でいったほうが、気分的にかっこいい。

おいらがスペインに到着したその日・・・ついて2時間後にはFiestaの場にいた。たまたま、学校のPISOまで連れて行ってくれたのだが、後の同居人であるSantiであり、その日がたまたま金曜日であり・・・と偶然が重なったのだ。

そのとき、おいらはスペイン語はおろか、英語も全く話せない状態。しかも、長旅を終え、ようやくバレンシアについたばかりであった。初めての土地だ。

が、「ここで逃げては日本男児が廃る・・・・ええい、ままよ!南無三!」と、Fiestaに飛び込む。

そこで、同じく後の同居人となるManoloとも知り合うが、仲良くなるのは後のこと。

Fiestaは10人にも満たない程度であった。時期が11月というのもあったのだろう。メンバーは細かくまで覚えていないが、校長のAndreasもいた。

皆は当然スペイン語で盛り上がる。が、おいらは何も話せない。「聞き役に回る」という表現があるが、その「聞き役」さえできないのだ。だって、何言ってるかまったくわからないから。

目の前に、いかにも外人外人した、当時のおいらよりは年上っぽいが、結構かわいい子がいた。その子が、気を利かせて、いま盛り上がっている話を英語で訳してくれる。英語がまったくわからないわけではないので、「テーマ」くらいは多少わかり、微妙に「聞き役」になることはできたが、そこに冗談交じりの既知に飛んだ会話を投げかけることなぞできなかった。

これはいかん・・・これはいかん・・・あれこれ考える。

よし・・・その子がどこ出身か聞いて、話の主導権を握ってやろう!

お「どこからきたの?」(英語。それくらいは言える)
女「チプレ〜!」
お「チ、チ・・・プレ?」
女「そう、チプレ!」

目眩がした。

歴史を専攻しており、世界史なんかもそこそこわかるので、国の名前には自信があったのだが、そんな国聞いたことがない。聞き間違いかと思って、再度聞いてみたが、帰ってくる答えはやっぱり「チプレ」だ。

その時点でもまだ誇りを持っているおいら。そうだ!たぶん、アフリカだ!アフリカの国ならわからないところあるかもしれない。

いや、ちょっとまて・・・明らかにアフリカ人じゃないだろう。どうみても白人だろ・・・アフリカなわけない・・・。

まだ諦めないおいら。ちなみに、ここまでの思考はコンマ何秒の間のことだ。

あ、わかった!!!おいら英語できないから、国名じゃなくって、都市名聞いちゃったんだ!そうに違いない。都市名なら、さすがにわからないのもあるよな〜。うんうん。都市名だ、都市名!

お「え?それって・・・どこの街?」(英語。それくらいは言える。)
女「街じゃないよ。国だよ?だって、出身国聞いたんでしょ?」

あ、あってたじゃんか・・・おいらの英語・・・・でも、どこ?どこなんだ〜〜?あ〜〜〜わかった!こんどこそ絶対だ!ロシアだ。ロシア。ロシアのあたりで、独立した国がたくさんある。あの辺の歴史疎いからな〜。それに、次から次へと増えてるからな〜。そうに違いない!肌の色も、ロシア人みたいに白いし!!

お「ロシアの・・・方?」
女「え?違うわ・・・あ〜ごめんなさい!スペイン語わからないのよね。キプロスよキプロス!」
お「キプロス・・・が・・・チプレ?」
女「そう。チプレ!」

このネタで、なんとか話は多少続いたものの、キプロスの場所こそわかるが、歴史にはわからなかった。「日本人でもキプロス知ってるんだぜ〜」くらいのところを見せつけ、かつ、優雅に会話してやろうと思ったのだが・・・。

彼女との会話はここで終わった。そして再び「聞き役」となる。

余談だが、キプロスに旅に行くという発想は、当時も今もあまりなく、そこの人と知り合いになるとは夢にも思っていなく、初日からちょっとした興奮状態に陥ったが、その後、3年にて、キプロスの人にあったのは、彼女が最初で最後であった。ギリシャ人は数人知り合ったが・・・あとマルタとか。

なんかすげ〜とこきたんじゃねぇ〜の、おいら・・・って、ちょっとビビリもした。

しばらくして、別の作戦を思いつく。

まだおいらは学校に一日たりともいっていないわけだから、スペイン語を話せないのは当然なのだ・・・卑屈になる必要はない。なんとか、会話に入れさえすればいいのだ・・・。

また彼女に話しかける。

お「ねぇねぇ・・・「これはなに?」って、スペイン語でなんていうの?」(英語。それくらいは言える。でも、たぶん今は言えない。)
女「ケ・エス・エソよ」
お「ケ・・・・エス・・・・エソ??」
女「そう。」
お「ありがと〜」

その後、再び話が聞けない「聞き役」になり、虎視眈々とタイミングを狙う。今ならったばかりの「ケ・エス・エソ」を使うのだ。まけるものか・・・。

そこから、おいらの「ケ・エス・エソ」攻撃が始まった。

手当たり次第に、指をさしケ・エス・エソを言いまくる。数十回いったあたりで、あまりに言いまくったせいか、Manoloからつっこみが入る。

マ「%&#〜=〜$!#$?」(スペイン語だ)
お「???」
マ「%&#〜=〜$!#$?」(スペイン語だ)

泣きつくような顔で、キプロスっこを見る。

女「どれくらいスペインにいるんだ?って」(英語)
お「2年くらい・・・」
女「え?2年???」
お「うん・・・」
女「2年いるのに、スペイン語まだわからないの?」
お「ん?」

この辺りから英語が微妙になってくる。

お「えっとね・・・これから先・・・未来ね・・・2年いる。おいら」
お「どれくらいいるって・・・・聞いた・・・よね?」

突然、Santiが助け船を出してくれ、Manoloにスペイン語でなにやら説明している。そして、Manoloが驚いた顔でおいらに話しかける。今度は英語だ。

マ「今日着いたのか?」
お「うん・・・さっき。Santiと一緒にPISOにいった」
マ「今日って・・・さっきか?」
お「三時間前くらい」
マ「それで、今、この場にいるのか?」
お「うん。Santiに誘われた」
マ「そうだが・・・・英語は話せるのか?」
お「ほんの少しだけ。」
マ「スペイン語は?」
お「まったく」
マ「それでこの場にいるのか?」
お「うん」

なんか、あきれられているというか、驚かれているというか・・・キプロスの子もびっくりしていた。誘ったSantiだけは「なんで?」って顔をしている。まぁ、おいらも「なんで?」ではあったが、何となく言わんとしていることは意味がわかった。

その後も、おいらのケ・エス・エソ攻撃は続いた。「tenedor」(フォーク)が何度きいても覚えられず、しかも、その数日後の別のFiestaでも同じ事をきき、一緒にいたSantiに「正樹・・・これで5回目だぞ!」といわれる羽目になった。

その後の会話は、スペイン語学校のFiestaで、スペイン語を話すということが前提であったが、おいらのタメに英語に切り替えてくれた・・・。Santiも、Manoloもイギリス留学してたから、スペイン人なのに英語は話せる。Andreasも英語が流暢であったが、その時点ではドイツ人だと知らず。今なら多少、何人か区別つくが、当時はスペイン人もイギリス人も区別つかないから、さもありなん。

今、これ書いてて改めて思ったけどさ・・・

Santiさんよ・・・おいら、なにも話せないの知ってるんだからさ・・・最初にそれくらい紹介してくれてもよかったんじゃないの?みんな、おいらがスペイン語、多少話せると思って来てると思ってたんじゃないの?だから、Fiesta前半、ず〜〜〜〜〜〜っとスペイン語だったんじゃないの?ただでさえ、Manoloは英語禁止先生なのに・・・

ということで、「やっぱスペイン人は優しかった!」と、スペインを選んだ理由を強化してくれたFiestaであった。

その日は、結局朝まで呑んだ。そして、英語での会話だったけど、Manoloともだいぶ会話ができた。ただ、英語とはいえ、話の半分くらいは理解できてなかったと思うが・・・。


なんか懐かしいな〜。

珍しく思うわ・・・あの頃に戻りたいって


で、なんだけっか。なんで地名がでてきたんだ?

あ・・・そうだ。

今日は書くことがないから、続・ひきこもり生活について書こうと思ったんだ。

アレクサンドリアにいくことになり、鼻歌交じりに向かったのだが・・・海賊にやられて船撃沈。一撃パットン君だ。なんだあの海賊・・・。大枚はたいていい船買った直後だけに、ショックもでかかった。まぁ、お金は流されなかったのが不幸中の幸い。積荷はそこそこ流れた。

船員の疲れをとるために振る舞う水タバコが高けぇ〜!一杯90ドゥカートだよ。15人船員いるから1350ドゥカート。これがどれくらい高いかというと、鶏とか豚が19ドゥカートで買えることからも高い。サフランが2700ドゥカートくらい。

ヨーロッパの都市で、ポルトワインとかボルドーワインとか、ラム酒とか、シェリーとか呑ませてれば15人で300ドゥカート。

やっぱ高い。

レバノンの酒場(休憩所)のマスターに、なんかしらんがウォードとかいう染料の樽を2樽で情報を売ってやるといわれる。そんなもん持ってないので、それを探して、チプレ周辺やら、アテナスとかを奔走する。その最中に、海賊に沈められたのだが・・・。

どこにあるのかさっぱりわからず、エーゲ海を越え、イオニア海を越え、アドリア海へ・・・結局イタリアまでくる羽目になる。そこで、ラグーザを発見。

え〜〜!ラグーザってシチリアじゃねぇ〜の?

と一人ディスプレイにむかって叫ぶ。

測量による位置的には、今のドブロブニクあたりに、そのラグーザがあるのだ。旧ユーゴスラビア。今だとクロアチアの都市。世界遺産で有名。

まぁ、わからんけど、中世だとシチリア強くて、この辺に同名の都市あってもおかしくないか・・・ん?イタリアのヴェネチアとかでも聞いたことある名前な気が・・・「湾」って意味だっけか?

まぁ、あるもんはあるからいい。

そこにはいると、はたして染料ウォードは見つかった。結構高いが、いたしかたない。

ここまできたらヴェネチアにもよっていこうと、ぐるりとアドリア海を一蹴する。他にもザダールやら、アンコナ、トリエステも発見する。

そのままレバノンにいって、件の酒場のマスターに報告。その後、何か宝物を探さないといけないのかと思ったが、クエスト(冒険)はここで終了。

海賊にびくつきながら戻ることにしたが、ここまできたら、なにかいいもん買っていって、セビージャ方面で売らないと!と、レバノンでダマスク織を買えるだけ買い、船に積み込む。ついでに、石油とかジンジャー(ショウガ)とかも手に入ったので、積めるだけ積み、セビージャに凱旋。

ウォード探している最中に数度海賊に襲われ(うち沈められたのは一回)たため、どの海賊が危険かを察する能力を得、帰りはこざかしい海賊だけで、無事戻ることができた。

その冒険の報酬は40000ドゥカートであったが、はっきりいって大赤字である。名声とか、まだイマイチよくわかってない要素があがったくらいで、その時点での残高としては赤字である。

あとは、発見した街を報告し、さらに期待しているダマスク織がいったいいくらで売れるか・・・。

それを楽しみに寝ることにした。

ya esta



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