プロローグ
と、孔子さんは仰ってるけど、現代の四十なんて迷いまくりかと。そもそも平均寿命が違うでしょ。孔子さんは74歳とかなりの大往生みたいだけど、当時の平均寿命ってどれくらいなんだろ・・・。
正確にはまだ四十になってないんだけど、まぁ、ある種の覚悟というか諦観というか、達観的な何かはでてきた気はする。
仕切り直し
というわけで、2015年にもなったことだし(すでに1月22日とだいぶ過ぎてるんだけど)、仕切り直すことにした。2012年くらいから、幾度か思い立って「仕切り直し」宣言をしてきたものの、長く続かず。
「これではいかん!」と年末に結構良いお値段の「自分手帳」を買って日々の生活を記録し始めたので、今回こそは続かせようと思う。続くと思う。たぶん。
日記歴を振り返る
そもそも日記をつけ始めたのは1994年から。高校三年生の時に、当時つきあっていた彼女から、システム手帳をもらって、その小さい隙間に日々の出来事を異常に小さい文字でびっしり書き始めたのがきっかけ。今見ると気持ち悪いくらい文字だらけ。
その後、浪人を経て、大学にも無事入り、バイトの関係で買ったMacで日記を書くようになる。デジタル化だ。さらには、バンドルされていたHP作成ソフト(確か、クラリスホームページとかいう名前)で書いた日記をホームページとしてまとめるようになる。この頃が一番日記にはまっていた気がする。
旅が趣味で、年に二回の海外旅行には毎回日記帳を持って旅行記を書き、それもサイトにアップした。
大学、大学院の時代も日記を書き続け、26歳で渡西。スペインではあっちでの生活記録と旅行記、スペイン紹介などを日々書く。このあたりで、ちまたでは「ブログ」という言葉が浸透しつつあったが、個人的には「ブログ」というのはイヤで、「おいらのはブログじゃなくて日記です!」とわざわざ人にそう言って回ったものだ。そんなこんなで、31歳で日本に帰国。
帰国してからも、WEB職人のフリーランス時代は日記は書いていたが、普通の会社の正社員になった途端にぱったり日記を書かなくなってしまった。正確には書けなくなってしまった。毎日が楽しくないというわけではなかったが、似たようなルーチンワークになってしまったことも原因なんだと思う。急に書くネタを失ってしまい、モチベーションと気力がでなかった。たぶん、34歳くらいのこと。
その後、上でも書いたとおり「日記かかなくちゃ!」と何度も思い立っては、続かず断念・・・を数年繰り返し、今に至る。
アンチエイジング
日記(備忘録)を再開しよう思ったのはいろいろと思うところがあってのこと。
というのも、ここ1、2年くらいの話なのだが、「昔はできていたことができなくなってきた」と実感することが多い。
特に顕著というか、がっかり感が強いのが、記憶力の恐ろしまでの低下だ。
記憶力にはもともとかなりの自信があって、よく友人に「よくそんなこと覚えてるね~」と言われることしばしばだったのだが、ここ数年、とにかくいろんなことを忘れてきている。「あ~!のど元まで出かかってるのに、でてこない!」なんてこともよくある。
たとえば、映画の俳優、女優の名前。中学・高校時代はかなりの映画オタクで、ロードショーの付録にあった「タレント名鑑」を隅から隅まで読破し、かなりマニアックな俳優・女優の名前や年齢、誕生日まで記憶してたくらいなのだが、今では「あ~~なんだっけ・・・ほら・・・あの映画にでてた・・・有名な・・・ほら・・・あ~~~!」とかなり無残な状態になっている。
テレビのどうでもいい芸能人の名前は忘れても大した被害はないが、たまに以前好きだった女優の名前がすぐに出てこないなんてこともある。
このまま症状が進むと、「ばあさんや、昼ご飯はまだかね?」は冗談として、「昨日食べた晩飯のメニュー」まででてこなくなりそうで怖い。
とにかく、ゆゆしき自体なのだ。
リハビリ
かつて日記を書いいた頃、常々感じていたのは・・・・
・日々の生活でいろいろ観察するようになる(またはネタを探すようになる)
・メモ魔になる(文字を書くと漢字を忘れない。または調べたりする)
・その日の出来事を再度まとめるので、記憶に残りやすくなる(たぶん)
・記録として残るので、読み直した際に、芋づる式に過去を思い出すことができる
という大きなメリット。
海馬が刺激されて記憶力低下に対してかなりの効果があるのではないかっ!、と。
現在の男性の平均寿命から考えると、もう折り返し地点なのだから、いろいろな部分が右肩下がりになっていくのはどうしようもない。だったら、少しでも下降を緩やかにする方に力を注ごう・・・とリハビリを決意したわけだ。
ルール
とりあえず、日記をつけるにあたっていくつかのルールを設けてみることにした。
・毎日書かなくてもよい
日記だから当然、毎日書く方がいいが、あまりに仕事的になるとまた続かないので、ここは最初から甘くする。
書く日も、当日じゃなくってあとから思い出しながら書くのもOKとする。あと複数日まとめてアップとかもOK。
・日記には必ず一枚以上写真を載せる
せっかく「OLYMPUS PEN mini E-PM2」買ったし、単焦点レンズも買ったんだから、何か仕事を与えないといけない。たぶん、ほとんどはiPhoneでの写真になりそうだけど、散歩の時の写真なんか載せる予定。
・だらだら書かない
すでにこの日記もダラダラになりつつあるが、これまでの日記はとにかく思いついたものをひたすら書き殴っていたので、多少整理して書くように心がける・・・つもりだが・・・これが一番守れない気がする。
・誤字脱字を減らす
上の「だらだら~」にも関係するが、とにかく誤字脱字が多い。そもそも書き終わったあとに全く見直さないことに原因があるのはわかってるので、書き終わったあとに最低1回は見直すことを心がける。
・WordPressの実験用にする
仕事柄Wordpressには慣れてはいるものの、その場その場で必要なものしか調べないので、このサイトでいろいろプラグインを試してみたりなど、勉強用素材にする予定。
いくつくらい守れるかね~。
ユパ様の店
さてさて、ようやく今日の日記。
昨夜は2時ちょいすぎくらいに寝たというのに、雨のせいで寒かったのか、二度寝、三度寝を繰り返し、起きたらお昼を回っていた。慌てて飛び起きる。
とりあえず、寝ぼけ頭のままコーヒーを入れ、仕事机に座りメールのチェック。なにかでバタついているんだろうか?ここ数日、メインクライアントからの仕事が少ない。ラクチンで助かるが、嵐の前の静けさじゃなければいいが・・・。
お昼は自炊。この前いった「ふるさと祭り」で買ってきた「あおさ」を使った味噌汁がここ最近のお気に入りだ。
時間に余裕ができたので、別クライアント用のマニュアル作成したり、来月あたりに押し寄せてきそうな巨大企画用の提案書を書く。19時くらいまで。
今日はヨメのOVICCIがジムの日なので、晩飯は1人。豚肉と納豆のパスタでも作ろうと思ったが、せっかく1人なので近所の開拓にでることにする。Aunque 雨だけど。
12月に引っ越してきたばかりなので、近所でまだ行ってない店は結構ある。今、気になっているのが、近所の中華屋さんとそば処。どちらもかなり年季が入った店なのだが、前を通ってもあまりお客が入っているのをみたことがない。なので、「旨いか否か」の判断は丁半博打に近い感じ。
小雨降る中、まず、中華屋さんの方に行ってみたが、「木曜定休」の張り紙。早くも選択肢は1つ絞られてしまった。
中華屋のすぐ前に、すでに何度も行っているおいしいおそば屋さんがあり、勇気が出ないでいるおいらはかなり誘惑されたのだが、ともみんの「今年の私は有言実行!」という言葉を思い出し、食品ディスプレイが色あせてすごいことになっているそば処の扉を開けて中に入った。
店内は・・・なんていうか・・・入ったことがないのに「懐かしい!」と叫ばすにはいられない内装だった。昔は必ず近所に一件はあったであろうそば処、定食屋といった感じ。喫茶店に例えると「純喫茶」。平成ではなく、古き良き昭和な佇まい。ALWAYS 三丁目の夕日。ここまで言えば十分だろう。
言うまでもなく、机も椅子もは最近のそば屋でみかけるような巨木の一枚板で作りました!的なおしゃれなものではなく、折りたたみ式のもの。厨房の上の壁にはたくさんのメニューが貼られている。なんか、孤独のグルメで五郎さんが好んで行きそうな店だ。
入るとすぐに店員らしき女性がすっとんできた、ガスファンヒータの電源をつけ、そのまま流れる動きでラジオをつけた。この時点で、お客さんが来てないことを物語っている。「やはり失敗だったか・・・」と思い始めるおいら。
店内を改めて見直すと、思いの外広い。片側の壁にたくさん鏡が貼り付けられているからかもしれない。厨房の奥にはさっきは気づかなかった料理人がいぶかしげな顔でこちらを見ていた。最初の女性店員とこの料理人・・・なんか年齢差がありそうなのだが、親子にも見えない。かといって、夫婦にも見えない。かといって、バイトだったら、この隙具合だし、料理人に返されているはず。まぁ、どちらかというと親子っていわれたほうが驚かないけど、なんかひっかかる。まぁ、どうでもいいんだけどさ。
席に座りメニューを見る。これがまたかなり多い。本当に全部作れだけの材料あるの?と思ってしまうくらい。そば処なのでそばは当然として、カツ丼、天丼、親子丼、謎の丼、カツカレー・・・と、とにかく何でもある。
本来なら、蕎麦を頼むべきなんだろうが、昼のドラマでカツ丼をみた影響で、数週間前からカツ丼が食べたくて食べたくてしかたがない状態なおいら。
「でも、四十男が夜にがっつりカツ丼か・・・ある種犯罪だよな~」
「でも、この前からカツ丼カツ丼騒ぎすぎて、ヨメの眉間がな~」
「でも、ここそば処だよな~。蕎麦の種類かなりあるし、蕎麦にするべきだよな~」
「でも、カツ丼、上と並があるから、意外と力入れててオススメなのかもな~」
「でも、ここそば処か~」
と「でも」を繰り返すこと数十回・・・・「注文まだか?」といった様相でのぞき込んだ料理人と目があってしまい、勢い1000円のカツ丼(上)を注文。
カツ丼がくるまでの間、真後ろにあった申し訳なさそうな本棚から「稲川淳二の怖い話」という漫画を手にとる。言うまでもなく、この本もかなり色あせ、いろんな汁が飛んで汚れまくっている。
読み進めるも、絵も下手で、話も中途半端で、かなりつまらない。稲川淳二のおもしろさが全くでていないので、読むのをやめる。
日記用に店内の写真でも撮ろうかと思ったのだが、あまりに静かすぎてこちらも断念。たぶん撮っても何も言われないとは思うけど、店内に「カシャッ!」という音が響いて、また眉間にしわ寄せた料理人と目が合ってもな~。
※何故か女性店員が最初につけたラジオは、1分くらいで消された。料理人が消せといったのだろうか?
ふとすぐ横の鏡をみると、この店の店名「WKTK」(ワクテカではない)がプリントされている。その店名の上には、いろんな地域の名前も一緒に入っている。
U町 WKTK
S谷代 WKTK
M代前 WKTK
と6つ、7つくらいある。
「こ、これは・・・支店!?もしや、結構有名なそば処なのか?」
まだカツ丼がこないので全部の支店をググってみたところ、一件もヒットせず。大阪に同名のお店がでてきたが、店名が同じだけであまり関係ないと思われる。
どうやら、ここのWKTKが最後の砦のようだ。
そうこうしているうちに、カツ丼がお新香とお吸い物と一緒にやってきた。
「丼」なので、陶器の丼からはみ出すようにカツが乗った、蓋も閉まらない状態の「カツ丼」をイメージしたが、目の前のカツ丼は年季の入った丸いお重であった。
お吸い物の蓋を開けると、三つ葉とゆずの良い香り。
メインのカツ丼の蓋を開ける・・・旨そうだ。
一口食べる・・・なんか知らないが懐かしさがこみ上げてくる。
二口目・・・目の前に母親の実家の映像が流れてくる。
おいらはまだ子供。従兄弟もたくさんいる。周りには親戚のおじさん、おばさんたち。
BGMはナウシカのアレだ。ほら、アレ。ランランララランランラン♪ってやつ。
あった。これ。「遠い日々」だ。ユパ様っ!だ。
親戚のおばさんが言う。「今夜は店屋物にしようか~」
子供たちが叫ぶ。「やった~~!!」
子供のおいらが言う。「ボク、カツ丼!」
お母さんがおいらをたしなめる。「あなた一人で食べれるの?」
おいらが抵抗するように言う。「一人で食べれるもん!」
そんなカツ丼の味だ。
要するに、「なんじゃこりゃ~!!旨い!旨すぎる!」という味ではない。見た目から、味付けまで、子供の頃に食べたあのカツ丼そのもの。とにかく「懐かしい」の一言に尽きる。
意表ついたのがお吸い物。こちらは「おおっ!」となるうまさ。四十男にぴったりの優しい味で、中の具材をしっかり楽しめる感じ。
カツ丼だけに、ご飯も含めそこそこな量があり、「四十男の胃にはつらいかな・・・」と多少不安に思っていたのだが、味付けが濃すぎないので、米粒1つ残さず平らげても全く胃もたれしなかった。
何度でも食べたくなるカツ丼ではないが、たまに食べたくなるカツ丼ということで、この日記においては、この店は「WKTK」改め「ユパ様の店」ということにした。料理人は当然「ユパ様」にする。
それにしても、「昭和のカツ丼」ってレシピでもあるのか?
今日の写真
本来なら、「ユパ様の店」の色あせた食品サンプルの写真でも載せるべきだと思うが、撮り忘れたので、とりあえず、一昨年の9月・10月にいったドイツはローテンブルクの中世犯罪博物館で買ってきた素敵なポスターを自慢する。引っ越してきてやっとこさ飾るスペースができて日の目を見たポスター。
ドイツ語はよくわからんが、英語の簡単な説明によると、人を騙した罪、つまり詐欺関係に対する刑らしい。「shame mask」とかいう変な仮面被させられて外で2時間くらい立ってなくちゃいけないらしい。
ちなみに、この手の犯罪博物館や拷問博物館は、いろんなところにあって、結構入ったことがあるが、ここローテンブルクのはかなり展示が多くかなり面白かった。ミニチュアとか。もちろん、アイアンメイデン・・・鋼鉄の処女とか、巨大な貞操帯とかもたくさんある。shame maskもかなりの量あったな~。
ローテンブルクの中世犯罪博物館で買ってきた素敵なポスター
追記
日記のタイトルに悩んでいるおいらにヨメが一言
「寝るよ!発熱じじぃ!!」・・・とゆたんぽ代わりに呼ばれたので、日記を書けずに寝る羽目になった。